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ホームパーティから突然の別居、そして離婚。現実をぶっ壊したかった

 2018/03/11 こころ くらし この記事は約 8 分で読めます。

じゃすでーす。こんばんは。今日は過去の結婚生活破綻について書こうと思います。なぜ急にこの話題かといいますと、今日パートナーとおしゃべりをしていて「これまでの人生で暇で暇で死にそうになったことある?」という話になったからで
す。

学生の頃は友達と普通に「暇なんだけど、何か面白いこと無い?」なんてしょっちゅう会話していましたけど、死にそうなほど究極に暇だったこと・・・?そういえばわたしにもありました、ありました!

それは13歳から交際していた部活の先輩と28歳で結婚し34歳で別居、36歳で離婚をした時にそんな暇すぎる毎日があったのを思い出しました。

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当時専業主婦をしていたわたしは、毎日が退屈で暇で暇で仕方がなかったです。(←考えようによっては贅沢すぎますよね^^;)中学1年生で剣道部に入部したわたしは、1年先輩のめちゃくちゃカッコイイ男子と奇跡的に彼氏彼女の仲になりました。

当時まるで子供で中学生だったにも関わらず、彼は「じゃすを将来必ず嫁さんにする」と宣言してくれました。笑
そこから長過ぎた長過ぎた春で28歳になり結婚。嫁さん宣言から15年が経過していましたが、無事大好きだった部活の先輩と結婚できたわけです。

結婚する数年前の彼は東京から地元靜岡に戻ってきて、就職するのに2つの職業で迷いがありました。わたしは、全く正反対だった2つの職業を聞いた時、「条件で選ぶよりも、あなたが本当にやりたいと思う方を選んで。そっちにわたしはついていくから。」と助言しました。

彼はわたしのアドバイス通りに不安定でも楽しそうでやりたかった職業に就きました。もう一方はお給料も安定していて、何の不安もない社会的にも認められるお仕事でしたが、そちらを蹴って不安定なほうを選んだというわけです。

数年後、わたしの助言と彼の決断はお金で返ってきました。蹴ったお仕事のお給料の数倍から数十倍ものお給料がいただけるようになっていました。そして28歳でようやく彼のお嫁さんになれたわたし。

彼はやりがいを感じていたようで「じゃすのおかげで俺は毎日好きな仕事をさせてもらえる」と日々感謝を口にしていました。華やかなアパレルのお仕事でしたから、毎晩帰宅時に新商品を数点持ち帰ってくれました。

「好きなのを選んでいいよ。」と、次々に新しいお洋服や雑貨をプレゼントしてくれました。それから、彼の母親が保険の外交員を長年していたのですが、彼は子供の頃から母親が不在で寂しい思いをしてきたため、じゃすには専業主婦で家にいてほしいと言われました。

彼のお仕事はお給料は良くてもお休みがほとんどなく、拘束時間も長いためほとんど家にいません。しかも年に何回も海外や首都圏に出張があってわたしは一人でいる時間が多かったのです。

そんな状況でわたしが外に勤めに出たら完全すれ違い夫婦になってしまうし、彼の突然のお休みができても専業主婦だったら対応できます。その上、何の資格もないわたしがパート勤めをしてもいくらにもならないことはわかっていましたし、年に3~4回7桁のボーナスが出ていたので困ることはありませんでした。

彼は仕事ばかりでしたからお金を使う機会がほぼなかったですし、わたしとたまの休日にアウトレットに行ったり、海外旅行に行った時には気に入ったデザインのものは色違いで全色買いなさいよと言ってくれました。

彼曰く、自分が気に入るデザインなんて人生でそうそう出会えることはないのだから、後悔しないよう迷わず全色買っておきべきだというのです。そんなんだー、じゃぁ全色買っちゃおう!と当時のクセが今もって抜けないわたしでもあります。^^;

彼は早朝毎朝のようにサーフィンをしてから出勤するので、朝ごはんの用意はしなくていい。昼食は職場が用意したお弁当がある。夕食の時間はめちゃくちゃ遅く、夜10時半とかでしたが最初の頃は頑張って作っていました。

でも仲間と外食することもあって、結局翌日もわたしが同じメニューを食べなければならないし、いつまでも片付かないしでストレスでした。

どうせ作ってもまた食べないんでしょと、タカをくくっていますと急に電話で「今日は早めに帰るよ」と。「えー!今更晩御飯作れな~い」といいますと、「いいよ、外で食べればいい。支度して待っていて」と言ってくれます。

車で仕事から帰ってきた主人と週に何度も外食。食材も余っちゃうし、買い物行ってもあまり意味ないなと御飯作りのやる気も失せていきました。

そんなこんなで、働かなくていい、稼がなくていい、ご飯作んなくていい。家も大して汚れないからお掃除も簡単に済んでしまう。。。。となると、主婦なのにすることが無いわけです!

友達と遊べばいいんじゃない?と思われるかもですが、旦那さんが外で働いてくれているのに友達と出歩くなんて!イケナイ主婦だと思っていた当時のわたし。

わたしの母親も専業主婦で、家業の事務仕事はしていたものの基本家にいつもいるタイプでしたから、専業主婦は不要な外出をするものではないという、今思えばめちゃくちゃな固定観念がありました。

だったら、家で楽しめる暇つぶしは無いかと考えたのがホームパーティでした。笑

最初はわたしの実家の家族を呼んだり仲良しのお友達を呼んだりして、手作りケーキやお料理でもてなしていました。パンも焼いたりなんかして。彼は自分が仕事で忙しくてわたしの相手をしてやれないのを申し訳なく思ってくれていて、ホームパーティで楽しく過ごしているのを見てよく思ってくれていました。

そのうちわたしは家族や友達数人のホームパーティでは飽き足らず、もっと大規模なパーティを開きたくなってきました。暇くささをこじらせていたようです。ハワイに行った時にホームパーティグッズを大量に買い込んだら、もうその思いは止まりません。

彼の会社の社長さんご夫婦や部下の方々20名以上にお声掛けをして、本格的なホームパーティをし始めました。椅子、ソファ、スリッパ、食器やカトラリーなどもどんどん増えて、駐車場の手配、脱いだ靴の管理なども大変になりました。

数日前からパーティのための設計書を自分で作り、家具の配置替えや洗面、トイレの大掃除、参加者の休憩室や屋外に喫煙所、お料理の構成や作る手順、仕上げや盛り付けの仕方、調理器具やコンロの配分、ビンゴゲームやカードゲームの用意、手作りクッキーのお土産のラッピングまでヘトヘトになるほど頑張ってやってました。

パーティの一番の見せ場は、彼が挽く淹れたてコーヒーと、わたしの手作りケーキでした。いつもは職場でコワオモテの主人が自宅で家庭的な一面を部下に見せる。会社のかたがたに彼が淹れたコーヒーを飲んでいただくというのがウケて、毎月一回の我が家でのホームパーティを皆さん楽しみにしてくれました。

日頃暇で暇で仕方がなかった主婦のわたしが、イチからプロデュースして手作りホームパーティをする。会費なんて一円もいただきません。全て彼のお金。笑

皆さんが喜んで帰られてから、良かったね良かったねと二人で後片付けをしました。主人は自分の職場の人間をヘトヘトに疲れながらももてなすわたしに感謝の言葉をたくさんくれました。現にパーティ後に体重を測ると2~3キロは減っていましたから今思うとなぜそこまでして?と不思議です。

そうやって何もすることがなかったわたしが暇つぶしでやりだしたホームパーティ。けれども毎月開催していくうちにそれも飽きてきました。

なぜなら、結局わたしは彼の奥さんでしかないとわかったからです。わたし個人を評価されるのではなく、所詮彼の付属品でしか無かったのです。

当然です。彼の稼ぎを遣い、わたしは道楽で暇つぶしでやってるわけですから。そんなのは長くは続かないと今ならわかります。イイ奥さんを演じていたに過ぎなかったと気づいた時、誰もが羨む結婚生活をぶっ壊したくなりました。

すなわち、演じていたイイ奥さんだったわたし自身をぶっ壊したかったのだと思います。程なく彼と大げんか、彼がある日突然帰らなくなり(実家に行ってしまった)そこから2年間の別居。

全長2メートル以上もあるダイニングテーブルで、一人ぽつんと梅干し茶漬けを食べる日々を2年も過ごしました。あの当時の記憶は地獄過ぎてあまり覚えていません。

会社の方々も相当驚かれたことでしょう。絵に描いたような円満夫婦の家でのホームパーティを毎月楽しみにしていたのに、はい今月からやりませんとなったわけですから。

当時のわたしは彼がある日突然帰宅しなくなって、完全被害者の意識でいました。それを疑うことすら微塵もなかった。でも今のわたしならわかります。あれは全部自分から仕掛けたぶっ壊しだったんだと。

暇で暇で何もすることがなく、何もしなくていいよと言われ、自分の存在価値って何よ?という不満ばかりが募った結婚生活。大好きな人と結ばれて、何不自由無い暮らしを手に入れたのに、いつも夫の帰りばかりを待つしかなく、自分の人生を生きていなかったあの頃のわたし。

お金に不自由しなくても、大好きな人と結婚しても、専業主婦をしていても、欲しいものは何でも手に入っても・・・。全然幸せじゃなかった。暇つぶしにこの世に来たんじゃない。

イイ奥さんに見られても本当の自分は満足していなかった。だから現状を自らぶっ壊したんだと思います。あれから15年が経ちます。

今年51歳になるわたし。さてお次はどんな人生を送ろうか?本当の自分が満足する生き方をしようと思います。まだまだ自分を満足させてあげられないから、本気出さなきゃです!

事を成し遂げたら自らぶっ壊して、また創り出す。これが人生の味わい方なのかなと最近つくづくそう思います。

今夜もお付き合い頂きありがとうございます。

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